鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

星月井碑

星月井碑は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。星月井は鎌倉十井の1つで、極楽寺坂切通の入口とも言える場所にあり、その井戸の由緒が碑文に刻まれています。極楽寺駅から長谷駅に向かう坂道にあり、6月の紫陽花の時期や紅葉の時期には多くの人が訪れる場所です。
鎌倉十井

星ノ井(星月の井・星月夜の井)

星ノ井は、鎌倉市坂ノ下にある星井寺の前、極楽寺坂切通にある井戸の跡です。星月の井・星月夜の井とも言われています。鎌倉の観光名所とされた良質な水が湧いたり、伝説が残ったりしている井戸である「鎌倉十井」(かまくらじっせい)の1つとなっています。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

極楽寺坂碑

極楽寺坂碑は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。鎌倉七口の1つで極楽寺坂切通、成就院の東結界側の入口近くにあります。極楽寺駅から長谷駅に向かう坂道が極楽寺坂であり、6月の紫陽花の時期や紅葉の時期には多くの人が訪れる場所です。
鎌倉の国指定史跡

伝上杉憲方墓

伝上杉憲方墓は、鎌倉市極楽寺にある国指定史跡です。上杉憲方は、南北朝時代から室町時代初期(1335年生誕・1394年死没)にかけての武将・守護大名です。非常にわかりにくい場所にあり、小さな史跡ですが、極楽寺に訪れた時に立ち寄って欲しい場所です。
鎌倉の景観重要建築物等

極楽洞 鎌倉市景観重要建築物等 指定第33号

極楽洞は、鎌倉市極楽寺にある明治後半に作られた江ノ電唯一のトンネルの坑門(トンネル入口)のです。近くからは見ることが出来ず極楽寺駅近くの桜橋という橋の上からしか見ることは出来ません。煉瓦造りの坑門は江ノ電のレトロ感と相まって鎌倉らしい風情を醸し出しています。
景観重要建築物訪問レポート

秋の旧川喜田邸別邸の無料一般公開に行ってきた

例年、春と秋に無料一般公開される旧川喜田邸別邸、秋の無料一般公開に行って旧川喜田邸別邸を見てきました。元となる建物は150年以上経過していると考えられており、とても風情のある建物ですが、年に2回(年によっては3回)しか一般公開されていません。実際に訪れた様子を写真を添えて紹介します。
鎌倉十井

底脱ノ井

底脱ノ井は、鎌倉市扇ガ谷にある海蔵寺の入口横にある井戸の跡です。鎌倉の観光名所とされた良質な水が湧いたり、伝説が残ったりしている井戸である「鎌倉十井」(かまくらじっせい)の1つとなっています。石碑が並び史跡であることがわかりやすくなっています。
鎌倉十井

銚子ノ井

銚子ノ井は、神奈川県道311号線「鎌倉葉山道」の名越踏切から少し東側に進んだところにある井戸の跡です。鎌倉の観光名所とされた良質な水が湧いたり、伝説が残ったりしている井戸である「鎌倉十井」(かまくらじっせい)の1つとなっています。
鎌倉十井

甘露ノ井

甘露ノ井は、北鎌倉の浄智寺の入口にある井戸の跡です。現在も透明度の高い水が湧き出ています。鎌倉の観光名所とされた良質な水が湧いたり、伝説が残ったりしている井戸である「鎌倉十井」(かまくらじっせい)の1つとなっています。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

萬葉集研究遺跡碑(万葉集研究遺跡碑)

萬葉集研究遺跡碑(万葉集研究遺跡 )は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。妙本寺の境内、祖師堂の近くに建っています。天台宗の学問僧である仙覚が万葉集研究を行った新釈迦堂があったとされる場所です。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

比企能員邸阯碑

比企能員邸阯碑は、大正時代に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。妙本寺の総門の右脇に建っています。比企能員は、鎌倉殿の13人の1人でしたが、北条時政との対立により処刑され比企一族も滅ぶことになりました。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

塔之辻碑

塔之辻碑は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。由比ヶ浜大通り沿いの寸松堂の敷地内にひっそりと建っています。塔之辻と呼ばれるところは鎌倉市内にいくつかありますが、塔之辻碑には悲しい伝承が刻まれています。
鎌倉の景観重要建築物等

笹野邸 鎌倉市景観重要建築物等 指定第20号

笹野邸は、鎌倉市佐助にある昭和初期に建てられた和風住宅です。佐助の住宅街にあり、建物自体はほぼ一般道からは見えずひっそりと建っていますが、鎌倉市の景観重要建築物等に指定されています。見学は出来ませんが、結婚式場・結婚披露宴会場として貸出されています。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

松谷寺及佐介文庫阯碑

松谷寺及佐介文庫阯碑は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。市役所通り、御成隧道と新佐助隧道の間、新佐助隧道よりに建っています。佐介文庫は、金沢文庫と同じ頃に作られたものと想像されています。
鎌倉の国の登録有形文化財

旧川喜多家別邸(石島邸・石島家住宅)

旧川喜多家別邸は、鎌倉市雪ノ下にある昭和初期に建てられた洋風建築物です。2021年2月に国の登録有形文化財に登録されました。映画を通じて国際交流に尽力した川喜多長政・かしこ夫妻の別邸として長く使用されていた住宅です。
鎌倉の国の登録有形文化財

材木座公会堂

材木座公会堂は、鎌倉市材木座にある大正時代に建てられた木造建築物です。2020年8月に国の登録有形文化財に登録されました。元々、地元や別荘地の住民の寄付により建てられた集会所兼防災施設であり、現在も地元の公民館・集会所として使われています。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

町屋址碑

町屋址碑は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。大町四ツ角の交差点から少し南下した小町大路沿い、逆川のすぐ近くに建っています。町屋(まちや)とは、民家の一種で町人の住む店舗併設の昔の都市型住宅のことです。
鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

辨谷碑(弁谷碑)

辨谷碑(弁谷碑)は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。材木座の中でも観光客が通ることがほぼ無い場所に建っています。辨谷は、元々はこの辺りの地名であり、北条高時が創建した金剛山崇寿寺があったとされています。
鎌倉十井

六角ノ井

六角ノ井は、逗子市小坪に限りなく近い鎌倉市材木座にある古井戸です。現在は井戸としては使われておらず、名所として残っている状態です。鎌倉の観光名所とされた良質な水が湧いたり、伝説が残ったりしている井戸である「鎌倉十井」(かまくらじっせい)の1つとなっています。
国登録有形文化財 訪問レポート

国の登録有形文化財の檑亭で季節の天せいろの蕎麦を食べてきた

8月の後半、国の登録有形文化財、鎌倉の景観重要建築物等に指定されている檑亭で、季節の天ぷらがついた天せいろの蕎麦を食べてきました。素晴らしい庭を見た後、美味しい蕎麦や天ぷらを食べて大満足。その時の様子を写真を添えて紹介します。
国登録有形文化財 訪問レポート

檑亭の廻遊式庭園は広くて楽しめる!夏の庭の様子を紹介

まだまだ暑い8月後半、国の登録有形文化財、鎌倉の景観重要建築物等に指定されている檑亭の廻遊式庭園を散策してきました。広いとは聞いていたものの、かなり広くてすべて回るのは大変でしたが、楽しめる庭園でした。檑亭の庭園について写真を添えてお伝えします。
鎌倉の国の登録有形文化財

檑亭

檑亭は、鎌倉山に昭和初期、建てられた(一部移築)和風建築物です。檑亭として「鎌倉市景観重要建築物等」に指定、山門と本館が国の「登録有形文化財」に指定されています。現在は広い庭園を持つ蕎麦を中心とした会席料理店として営業されています。
鎌倉十橋

逆川橋

逆川橋は、鎌倉市大町の小町大路から少し奥に入ったところにある小さな橋です。鎌倉を流れる滑川などに架かる橋の中で、古くから重要な交通路にあった橋や、伝説の伝わる「鎌倉十橋」の1つで、出来た当時とは姿かたちは変わっていますが現存しています。
鎌倉十橋

十王堂橋

十王堂橋は、鎌倉市山ノ内にある北鎌倉駅からほど近い場所にある橋です。鎌倉を流れる滑川などに架かる橋の中で、古くから重要な交通路にあった橋や、伝説の伝わる「鎌倉十橋」の1つで、出来た当時とは姿かたちは変わっていますが現存しています。ただし半分は暗渠となっており目立たない橋です。
鎌倉十橋

裁許橋

裁許橋は、鎌倉市御成町の御成小学校の近くにある橋です。鎌倉を流れる滑川などに架かる橋の中で、古くから重要な交通路にあった橋や、伝説の伝わる「鎌倉十橋」の1つでしたが、現在は気にして通る人もほとんどいない状況です。
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