蛭子神社は、鎌倉市小町に鎮座する神職の方は常駐していない、少し小さめの神社です。
鎌倉駅東口からはもっとも近い神社であり、境内の裏には滑川が流れ、川の音と神社の雰囲気で落ちるける場所となっており、地元の方にも愛されている神社です。
蛭子神社 詳細とアクセス方法
- 読み方:ひるこじんじゃ
- 旧社格:村社
- 所属:神奈川県神社庁
- 住所:〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町2-23-3
- TEL:0467-22-3347(八雲神社)
- 御朱印:あり(八雲神社にていただける)
- 参拝可能時間:24時間
- 社務所受付時間:社務所なし
- 拝観時間:24時間
- 拝観料:なし
- 例祭日:8月中旬の日曜日 例大祭(宵宮)/ 8月20日近い日曜日(神幸祭)
- どんど焼き・古神札焼納祭:なし
- 駐車場:なし
- 駐輪場:バイク・なし/自転車・なし(一時的なら停めらないことも)
- 公式サイト:なし
- 創建:不明(元となる神社は12世紀後半とも言われている)
蛭子神社へのアクセス方法・行き方
- 鎌倉駅東口より徒歩約7分(約500メートル)
蛭子神社は、鎌倉駅からも近いため鎌倉駅から歩いていくのがおすすめです。
なお車の場合は、神社の入口(鳥居)の横に有料駐車場もあります。
なおGoogleマップでのルート案内だと全く別のところに案内されるので「スリービーンズ・カマクラ」を目印にしてください。スリービーンズ・カマクラの横に蛭子神社の鳥居があり、そこから入れます。
蛭子神社の御祭神
- 大己貴命(おおなむちのみこと)
蛭子神社の由緒・歴史
建立には諸説あります。
- 1つ目・源頼朝が鎌倉幕府を開く際に鬼門の鎮守として夷堂(えびすどう)を建立したとされる
- 2つ目・夷堂橋付近に夷三郎神社があったとされ、永享年間(1429~1441)に本覚寺境内の中に移築され夷堂となる
- 3つ目・明治初期の神仏分離により本覚寺にあった「夷三郎社」、宝戒寺にあった「山王大権現」を合祀する
- 4つ目・「七面大明神」が小町の鎮守としてあり、後に夷堂と山王大権現と合祀する
4つともを合わせる場合もあります。なお明治以降の由緒は概ね下記のようになります。
- 1870年頃:明治維新の神仏分離により同寺の管理を離れ、現在の社地にあった下部落の鎮守七面大明神に合祀される。また宝戒寺内にあった上部落の鎮守山王権現も合祀して、三社を合わせ社名を蛭子神社と改称する
- 明治6年(1873年)村社に列格される
- 明治7年(1874年)8月:社殿を新築する本殿はそのとき鶴岡八幡宮の末社今宮の社殿を譲り受け移築したものである。
- 昭和9年(1934年)参拝殿を新築する
- 昭和15年(1940年)神饌幣帛料供進神社に指定される
歴史・由緒を調べる限り、御祭神がなぜ大己貴命に切り替わったのかは不明です。
元々は夷堂だったことから、イザナミ・イサナギの御子である蛭子神が御祭神でした。
なお大己貴命は大黒様と同一視されることがあります。また大己貴命の子である事代主神(ことしろぬしのかみ)を恵比寿様とすることがあります。
蛭子神社のご利益
蛭子神社おとび元の夷堂としてのご利益で考えるか、大己貴命のご利益で考えるかで異なりますが、両方に当てはまるご利益としては下記のものが考えられます。
- 商売繁盛
- 五穀豊穣
- 金運上昇
蛭子神社の境内末社
なし
蛭子神社の厄祓い・厄年について
厄払いは行っていない
蛭子神社のどんど焼き・古神札焼納祭
どんど焼き・古神札焼納祭は行っていない
蛭子神社の拝観について
境内にガラス越しに神輿が飾られており、神輿を見ることが出来ます。拝観料はかかりません。
蛭子神社の御朱印
蛭子神社は、神職の方が常駐していませんが、八雲神社(鎌倉市大町)にていただけます。
初穂料は300円ですが、正午から13時30分までは500円となります。お昼時は邪魔されたくないようです。
*初穂料は変更になっている可能性があります。
蛭子神社の訪問・参拝・お祭りレポート
蛭子神社へ訪れた時の参拝レポートや蛭子神社に関する詳細です。
蛭子神社の関連リンク
蛭子神社のフォトギャラリー
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