「アフィリエイト広告」等の広告が掲載してある場合があります

宿谷光則屋敷跡碑

宿谷光則屋敷跡碑 鎌倉 旧跡碑(鎌倉町青年団石碑)

宿谷光則屋敷跡碑は、昭和初期に鎌倉町青年団によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。

長谷の光則寺の山門前に建っています。

宿谷光則は、光則寺を創建した人物であり、屋敷を光則寺に変更したため、光則寺そのものが、宿谷光則の屋敷跡となります。

宿谷光則屋敷跡碑 詳細とアクセス方法

宿谷光則屋敷跡碑

  • 読み方:やどやみつのりやしきあとひ
  • 文化財区分:なし(旧跡碑)
  • 住所:〒248-0016 神奈川県鎌倉市長谷3-9
  • 建立:1940年(昭和15年)3月
  • TEL:-
  • 見学可能時間:24時間
  • 見学料:無料
  • 定休日:なし
  • 駐車場:なし

宿谷光則屋敷跡碑へのアクセス方法・行き方

  • 江ノ電「長谷駅」から徒歩約6分(約450メートル)
  • 鎌倉駅(西口)から徒歩約25分(約1.9km)
  • 鎌倉駅から大仏前方面行きの江ノ電バス・京急バスに乗車、「長谷観音」で下車、そこから徒歩約5分(約300メートル)

江ノ電「長谷駅」から歩いていくのがおすすめです。または鎌倉駅からバスで向かうのもおすすめです。

宿谷光則屋敷跡碑の写真と碑文と意味

宿谷光則屋敷跡碑

宿谷光則屋敷跡碑

宿谷左衛門尉光則ハ北條時頼ノ近臣ナリ
文應元年七月十六日
日蓮聖人立正安國論ヲ時頼ニ上ラント欲シ
光則ヲ長谷ノ邸ニ訪ヒ
縷々其ノ趣旨ヲ説キ之ヲ手交ス
聖人龍口法難ノ時
最愛ノ弟子日朗ノ囚ヘラレタルハ
邸後山腹ノ土牢ニシテ
億萬斯年師孝ノ哀話ヲ刻ス
光則深ク聖人ニ服シ
遂ニ邸ヲ寄セテ寺ヲ創ム
實ニ此ノ光則寺ナリ
過グル人其レ襟ヲ正シテ當時ヲ追懐セヨヤ

管理人訳

宿谷光則は、北条時頼の家臣でした。
文応元年(1260年)7月16日、日蓮聖人は立正安国論を時頼に上申しようと光則の長谷の邸宅を訪ねました。
そして立正安国論を詳しく説明し、立正安国論を光則に手渡しました。
日蓮聖人が龍口で処刑されそうになった同じ時期、最愛の弟子である日朗も捕らえられ、この光則の邸宅の後の山腹にある土牢に入れられました。
そこで日朗は、日蓮の長年に渡る悲話を書き残しました。
光則は深く日連聖人を心服し、自身の邸宅を寄進して、寺を建てました。それがこの光則寺です。
これらの話を襟を正して当時を思い出してなつかしんでください。

悪く言えばミイラ取りがミイラになったというか、捕らえた人の話を聞いている内に改宗したという話です。

光則寺と宿谷光則屋敷跡碑

宿谷光則屋敷跡碑は、光則寺の山門の右側に建っています。

宿谷光則屋敷跡碑 付近の観光スポット

コメント

タイトルとURLをコピーしました