青砥藤綱邸舊蹟碑(青砥藤綱邸旧蹟碑)は、大正時代に鎌倉町青年会によって建てられた史跡碑・旧跡碑です。
鎌倉市浄明寺の金沢街道に沿った滑川の「青砥橋」から少し入ったところに建っています。
青砥藤綱は、鎌倉時代後期の武士で、いろいろな伝承が残っています。
青砥藤綱邸舊蹟碑 詳細とアクセス方法
- 読み方:あおとふじつなてい きゅうせきひ
- 文化財区分:なし(旧跡碑)
- 住所:〒248-0003 神奈川県鎌倉市浄明寺5-2-3
- 建立:1921年(大正10年)3月
- TEL:-
- 見学可能時間:24時間
- 見学料:無料
- 定休日:なし
- 駐車場:なし
青砥藤綱邸舊蹟碑へのアクセス方法・行き方
- 鎌倉駅から京急バス「鎌23・24・36」系統に乗車、「青砥橋」下車・徒歩約1分(約80メートル)
駐車場が無いため公共交通機関で行くことをおすすめします。
青砥藤綱邸舊蹟碑の写真と碑文と意味
鎌倉執権ノ美績ヲ談ズル者
概ネ先ヅ時頼時宗ヲ稱ス蓋シ其ノ間
兩代ニ歴任セル青砥左衛門尉藤綱ガ補益ノ功ニ負フ所ノモノ亦
必ズ少ナカラザルベキナリ
藤綱逸話ニ富ム
嘗テ夜行キテ滑川ヲ過ギ誤リテ錢十文ヲ水ニ墜ス
乃チ五十文ヲ以テ炬火ヲ買ヒ水ヲ照ラシテ
之ヲ捜レリトノ一事
特ニ最モ人口ニ膾炙ス
此ノ地ハ其ノ藤綱ガ居住ノ舊跡ナリト言フ
管理人訳
鎌倉の将軍の善行いを話し合う時、おおむね北条時頼・北条時宗の名前がでます。
その間に両将軍に仕えた青砥藤綱が大きく貢献していることも少なくありません。
藤綱には、逸話が多くあります。
ある夜のこと、滑川を渡るとき、誤ってお金十文を川に落としてしまいました。
そこで、五十文で松明を買い、水を照らしてお金を探したと言う話は、特に多くの人々が話題にしています。
この場所は、その藤綱が住んだ屋敷の跡であると言われています。
この場所は、滑川の青砥橋を渡ったところとされています。
青砥橋の青砥は当然、青砥藤綱から来ています。
青砥橋から見た青砥藤綱邸舊蹟碑が上記の写真です。
なお青砥藤綱に関する石碑はもう1つあります。
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