東勝寺跡は、鎌倉市小町にある国指定史跡です。
ただしほぼ草木が生えてあれた場所になっており、見られるものは「北条高時腹切りやぐら」と「東勝寺旧跡碑」のみとなっています。
ハイキングコースの入口にもなっていますが、ハイキングコースが閉鎖されているため、土日でもほとんど人が来ない状態です。
東勝寺跡 詳細とアクセス方法
- 読み方:とうしょうじあと
- 文化財区分:国指定史跡
- 管理団体:鎌倉市
- 住所:〒248-0006 神奈川県鎌倉市小町3-10-1
- TEL:0467-61-3857(鎌倉市文化財課)
- 見学可能時間:24時間(夜は非常に危険)
- 見学料:無料
- 定休日:なし
- 駐車場:なし
- トイレ:なし
- 売店:なし
- 車椅子対応:なし
- 公式サイト:なし
東勝寺跡へのアクセス方法・行き方
- 鎌倉駅(東口)から徒歩約16分(約1.1km)
- 鎌倉駅から京急バス「鎌23・24・36・20」系統に乗車、「大学前」下車・徒歩約10分
駐車場が無いため、公共交通機関で来ることになりますが、有名な心霊スポットのため何かあった時のことを考えて行くかどうかを決めてください。
東勝寺跡の歴史・由緒
東勝寺は、13世紀前半に鎌倉幕府第3代執権の北条泰時により、得宗(北条氏嫡流)家の氏寺として創建されました。様々な宗派を学ぶ諸宗兼学の寺院であるとともに、周辺の地形と一体となった防御のための城郭的な機能も持っていたと考えられます。
元弘3(1333)年、新田義貞らの鎌倉攻めにより、幕府の最高権力者であった北条高時は、東勝寺で一族郎党とともに自害し、鎌倉幕府は滅亡しました。平成8・9年(1996・1997)に行われた発掘調査では、幕府滅亡時に消失したと考えられる建物の跡と、それを覆う10数cmの炭の層が発見されました。
焼失後まもなく、東勝寺は禅宗寺院として再興され、室町時代には関東十刹に列せられましたが、16世紀後半ごろには途絶えたと考えられています。
簡単に言えば鎌倉幕府終焉の舞台となった場所であったのが東勝寺と言えます。
東勝寺跡にある史跡の歴史・由緒等は、それぞれの史跡の詳細で確認してください。
東勝寺跡の車椅子・障害者対応
ハイキングコースの入口であり階段や登山道のようなところを歩くため車椅子では行くことが出来ません。
東勝寺跡 詳細&訪問レポート
東勝寺跡にある各史跡の詳細や実際に訪れた時の訪問レポートです。
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