大仏切通

大仏切通 鎌倉の切通

大仏切通は、鎌倉を代表する7つの切通「鎌倉七口」の1つです。

現在は、鎌倉大仏から北西にむかった大仏トンネルの脇から入り、常磐方面に抜けるハイキングコースのような形で残っています。

現在の姿は明治期に開削工事として行われたと言われています。

大仏切通の詳細とアクセス方法

  • 読み方:だいぶつきりとおし
  • 文化財登録:国指定史跡
  • おおよその住所:〒248-0027 神奈川県鎌倉市笛田6-1
  • 管理団体:不明(鎌倉市?)
  • TEL:-
  • 見学可能時間:24時間(夜は非常に危険)
  • 見学料(入場料):無料
  • 定休日:なし
  • 駐車場:なし
  • トイレ:なし
  • 車椅子対応:なし
  • 公式サイト:なし

大仏切通へのアクセス方法(始点)

始点側は説明板や石碑があるところとしています。

  • 鎌倉駅東口から江ノ電バス「F1・F11・K1・K3」または京急バス「船7・船8・船9・鎌2・鎌3・鎌4・鎌5」系統のバスに乗車、「火の見下」バス停下車、徒歩2分くらい

バス停を降りてからのルートが非常にわかりにくいですが、下記の地図を参考にしてください。

大仏切通入口までの地図

上記の1~3の場所が下記の写真となります(2021年12月現在)。

大仏切通までの道

鎌倉駅行きのバス停すぐ

大仏切通までの道

右に曲がったところ

大仏切通までの道

3のあたり

最終的には舗装された道から山道(未舗装)に切り替わります。

大仏切通までの道

山道に入りますが、ここから1分も歩けば、大仏切通の説明板が見えてきます。

大仏切通へのアクセス方法(終点)

  • 鎌倉駅東口から江ノ電バス「F1・F11・K1・K3」または京急バス「船7・船8・船9・鎌2・鎌3・鎌4・鎌5」系統のバスに乗車、「大仏坂」バス停下車、徒歩2分くらい

旧神奈川県営湘南水道鎌倉加圧ポンプ所(旧大仏坂体育館)の少し先に階段があり、そこから入っていきます。

上記写真のトンネルの右側に階段が見えますが、この階段を上った先が終点となります。

始点側・終点側どちらからスタートするのが良いか?と言えば、他に観光しないのであれば、どちらでも構いませんが、この後に観光するのであれば始点側から入るのがおすすめです。

大仏切通の歴史・由緒

大仏切通の歴史・由緒

大仏切通はいわゆる鎌倉七口の一つに数えられ、梶原・山崎を経て 武蔵・京都方面へ通じる道路です。 記録がないため正確な開削時期は不明ですが、北側にある北条氏常盤亭の存在や、朝夷奈切通や巨福呂坂の整備時期との関係から、仁治2年(1241) から建長2年(1250) ごろに整備されたと考えられています。

元弘3年(1333) の新田義貞の鎌倉攻めでは、上野国(現在の群馬県) から南下した軍勢が洲崎(現在の深沢・山崎) 方面から攻め寄せ激戦となったことが 『太平記』に見えていることから、この地も戦場になった可能性が あります。

大仏切通は、江戸時代に経路が変更され、現在の県道鎌倉藤沢線が できたため大規模な破壊を免れ、付近に造られた平場や、ここに開口する 「やぐら」と呼ばれる岩窟、 そして切岸などと共に、 かつての鎌倉の幹線道路のあり方を、今によく伝えています。

説明板には上記のように書かれていますが、Wikipediaには下記のように書かれています。

現在は新道がトンネルを抜けており、新道北側に旧道の一部が残されているが、現在見られる姿は、実際には1879年(明治12年)から翌年にかけて開削工事されたもので、このとき5丁(約545メートル)の山道を3丈(約9メートル)切り下げて人力車が通れるようにしたと切通の鎌倉側入口にある石碑に記されている。

Wikipediaより

元の切通は鎌倉時代に出来たものと思われますが、現在の切通は明治期に出来たものと考える方が良いかもしれません。

大仏切通の訪問レポートと関連リンク

大仏切通に訪れた時のレポートおよび関連リンクです。

大仏切通の訪問レポート

紅葉の終わりがけ・初冬の大仏切通を散策してきた

大仏切通の関連リンク

大仏切通のフォトギャラリー

大仏切通 やぐら

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